華やかな都会でもなく、絵に描いたような田舎でもない。農業を中心として人の暮らしを支えてきた町。地方や田舎という曖昧な言葉に集約されてしまう、全国どこにでもあるような町で兼業農家の⻑男として生まれ育った。しかし代々続いてきた農業を継続することは出来ず、畑は住宅に姿を変え、田んぼは業者へと委託する形をとるようになる。私が生まれた家からは農機具やたい肥から発される土のにおいが感じられなくなった。ミミズや幼虫を掘り起こし、熟した無花果にかぶりつく、もみ殻が靴に入った時のかゆみ、水溜用バスタブに湧くボウフラ、鶏糞、牛糞のにおい。子どもの頃に遊んだ田畑での経験と風景は、土のにおいとして嗅覚に染み付いている。
農家を継続しないことは珍しいものではなく、この地方において多くの農家が直面している現状である。田畑を維持することの難しさ、農業機械の保管場所、兼業で農業を行うための時間作り。これは農業で行っていく上での大きな課題である。いまだ土が生きている田畑をソーラーパネルやアパートへと姿を変えないかという誘惑が定期的に訪れる。そのような環境の中で見慣れている風景が、少しずつにも急激に変化をしていることに喪失感を抱いた。
農作物を育んできた田畑の土は新しい住宅地やバイパス道路、ソーラーパネルなどの土地に姿を変え。田に水を届けるためのため池も同じ境遇を辿っている。田畑がなくなっていくことと同時に、人が暮らしてきた町のにおいも失われつつある。農業を継続しなかった者として、土のにおいを感じられる風景を記録しておきたい。
「作品を通じて伝えたいこと」
農業を続けることは容易なことではない。私自身も今の便利な生活や、風景の変化による恩恵を授かっている。これは抗うことの出来ない事実である。しかし風景に触れることで、写真に限らず残していきたいという気持ちが少なからず生まれてきた。自身の活動からそんな小さな気付きが生まれる作品を作っていきたい。
作家名荻野良樹作品名土のにおい年度2021年 PITCH GRANT