多くのゾンビ映画の中で「やつらは何のために歩いてるんだ?」「やつらは死んでるのか?生きてるのか?」といった台詞がよく使われますが、現実世界の中で、日本の案山子ほどそれらが当てはまるものはないでしょう。前川の作品「Ghost Dawn」は、過疎化が進む山間の集落に立ち並ぶ、奇妙な案山子を記録した写真で構成されます。
少子高齢化や首都圏の人口プール化の影響を強く受ける山間の集落では、人気のない現状に寂しさを抱いた高齢者たちによって多くの案山子が作られました。畑を耕す者、釣りをする者、球投げをする子供たちなど。路上に立ち並ぶ多くの案山子は、まるで本物の人間のように田舎の生活をしているように見えます。それは、住人たちのノスタルジックな記憶や理想によって形作られた、日常のパラレルワールドを見ているようです。
前川は、真夜中の山奥をドライブしている時にヘッドライトから突然現れた案山子に仰天した体験から、それらの光景をストロボを用いて撮影し始めました。暗闇の中で顔がはっきりと写らない案山子の写真は、まるで幽霊のように、人間と剥製、現実と虚構の境目が曖昧になった存在として表れます。
彼がセレクトしたこの写真群は、今日の日本における幽霊の物語を私たちに提供します。それは労働と娯楽を営む幽霊の人生讃歌を描いているようにも見えます。
前川の作品群は、奇妙な家や光景を写した写真を通して、そこに住む人々のエゴや観念、彼らが抱える問題を浮き上がらせます。
彼が取り組むプロジェクト「Yard」シリーズでは、ピザ配達のアルバイトで配達中に見つけた奇妙な光景からインスピレーションを受けた作品です。この作品は“Yard Art“と呼ばれる様々な玩具や日用品で装飾されたごく一般的な家の外壁や庭を記録した写真で構成されます。一方、本プロジェクトの「Ghosts」シリーズでは、車で“Yard Art“を探している最中に偶然発見した案山子をきっかけに現在制作している作品です。
両プロジェクトの被写体は、幹線道路から外れた細い路地でヒョク見られます。そこには“Yard Art“や案山子など、その土地に住むごく一般的な人々が個人的に制作した創造物が路上に置かれているのです。彼がそこで興味をいだいたのは、その光景を撮影した写真を見返すことで、その住人の人柄や彼らを取り巻く環境を想像させられてしまうことでした。彼の写真には創造主である住人たちの姿は写っていませんが、それらの想像物にはそこに住む人々の地域や社会に対する願いや希望が顕著に表れています。彼はそれらを今日社会の周縁部に生きる人々を想像し理解するために重要な言語や表現であると考えています。
このように彼が記録する超現実的な写真は、社会の周縁部に生きる人々の声なき声を浮き彫りにしているのです。
作家名前川光平作品名Ghost Dawn年度2023年 PITCH GRANT