背景
私はこれまで「家族」をテーマに作品を制作してきました。メディアで「多様性(ダイバーシティ)」という言葉をよく聴くようになりましたが、父親、母親、子どもからなる家族の形が「普通で」「規範的」だと認識されている現状は変わりません。それどころか、性的マイノリティに対する差別的な発言も止むことがありません。このような日本の状況について作品を通して何かしらのアプローチをしたいと考えて制作してきたのが〈想像上の妻と娘にケーキを買って帰る〉で す。
〈想像上の妻と娘にケーキを買って帰る〉は、ドラマや映画にありそうな家族団欒のシーンをセッティングし、父親に扮した私と透明な家族を撮影したセルフポートレートの作品です。作品を通して、規範的な家族を演じることで、性規範的なこと(妻にあたる人物が家事、育児をすることや、ピンクのおもちゃで遊ぶのは女の子など)へ批判的なメッセージを込めました。この作品はすでに美術館やギャラリーで展示をしており、多くの方から感想をいただいたのですがいろいろ なメッセージを入れ込みすぎてしまいそもそも「なぜ一人で家族をとっているのか」という作品の重要な点がブレてしまっていることがわかりました。今後この作品を発展させるにあたって、性的マイノリティ当事者へのリサーチを通してより多くの人の経験を収集し作品に反映していきたいと考えています。
これから制作する作品について
私が透明な家族と暮らす作品を思いついたのは、ゲイであることをバレないようにやり過ごしてきた経験からです。地元に帰ると、カミングアウトしていない友人らや親戚から「彼女はいるのか」「どんな女が好きか」「結婚はまだか」と聞かれることがあり、適当な女性を想像し異性愛者として質問に答えやり過ごしていました。実は、このようなことは多くの当事者が経験していることで、その結果「周りに嘘をつかなければいけない」「大切な人との関係を偽らないといけない」と悩んだ経験を持つ方が大勢いると聞きました。パートナーシップ制度が施行し、性的マイノリティに関する情報が一般にも広く行き渡りカミングアウトをしやすくなってきている今、これまで性的マイノリティがどのように異性愛者として振る舞ってきたのかをインタビューをし、史料としてまとめていく仕事が必要だと考えました。インタビューはテキストと映像作品として発表したいです。また、彼ら彼女らを被写体に、異性愛者として振る舞っていたときに想像していた恋人や家族と過ごすシーンを演じてもらい写真を撮ります。かつては、自分の身を守るために生み出した想像上の恋人や家族を、今度は作品の中で透明にすることでこれからの家族を想像できるようなイメージへと変換したいです。被写体になってくださる方々との共同制作の中で、過去の苦しみを共有し昇華させ未来の家族のあり方を模索することが本作品の重要な点だと考えています。
作家名寺田健人作品名ネガティブな想像上の家族から新しい家族を想像するために年度2023年 PITCH GRANT