本プロジェクトは、ある力士の人生を追った物語だ。
彼は、草相撲でその将来性を見初められ、東北の片田舎から大志を抱いで角界入りした。 入門後、序の口優勝。その後も、周囲の期待に応えるように順調に番付をあげた。
しかし、突然体の不調が見つかり入院。退院後は力が戻らず、稽古をすることもままな らない。「巖乃花」は数年後、廃業した。
力士として大成しなかった彼は、自力で新たな人生を切り開かなければならなかった。 ゼロから料理の修行に励み、地元に帰ってちゃんこ料理屋として独立した。その後も、相撲を教え、大会運営に携わるなど、相撲に関わりを持ち続けてきた。
彼が角界で過ごしたのは6年。夢を追いかけ、経験したことのないことに触れ、同門の 力士達と家族のように過ごした。その6年が、彼のその後の人生に大きな影響を与えたのは確かだ。
現在の彼の生活ぶりからは、かつて力士だったことはほとんど分からない。しかし時折、彼の人生の中で、今も相撲がかすかに息づいていると感じる。地方新聞の隅にある相撲記事に目を向けるとき。流行りの店の店長が、相撲部屋の後輩だと言うとき。散歩の途中で四股を踏むとき。
こうしたひとつひとつが、彼が自身の人生を肯定していることを示すようだ。
【作品作りの背景等について】
私自身、長く陸上競技に取り組み、大学でも体育学部に入学した。結果を出すため、競技中心の生活を送ってきたが、思うような結果を残せなかった。その後、写真を撮るようになり、私の身の回りのことを題材にして作品づくりをし始めた時、人生の挫折を主題に据えることとした。その題材が、私の父であり、本作の力士、巌乃花である。
挫折は私個人の問題であると同時に、真剣に物事に取り組む人であれば、ほとんどの人 が直面する課題だと考えている。そして、誰もが挫折を含め、過去の経験・体験と向き合いながら生きていくこととなる。
そうした過去との対峙や生き方を含め、彼の人生をベースに、物語として再構築を試みた。その際、私自身が撮影した写真のほか、ファウンドフォトや過去の資料も用いている。
作品作りの過程でヒアリングを行うと、彼は「今でもあの頃の人生を大切に思ってい る。」「あの世界に行ったことを後悔していない」と語った。かつて力士だった彼は、成 功を収めたわけではなくとも、自身の過去を肯定的に受け止めていた。
これは、競技に向き合いながら生きた人の一事例でしかないかもしれない。しかしプロ ジェクトを見てくださる方の中に、どのように過去と向き合いながら生きていくかを考える契機とする方がいれば嬉しく思う。
作家名大村祐大作品名A flower on the rock年度2020年 PITCH GRANT