本作は『M』という一人の架空の天文学者を追憶し、過去の写真術と天文学の関係性について思いを馳せ た物語仕立ての作品である。19 世紀に写真術が発明されてから、天文学の研究分野が飛躍的に発達した背 景がある。天体望遠鏡などを用いた手書きのスケッチによる従来の観測方法から一転し、写真術を応用し た研究が普及し始めると、これまでよりも忠実な観測記録が残せるようになり、また複製をすることによ って、あらゆる天文学者との間で写真の比較・分析が行われるなど、情報の共有が可能になったことに起 因する。さらには、写真感光材料の精度が高まるにつれて、肉眼では到底見ることの出来なかった暗い天 体が、写真によってその姿が次々と明らかになっていったことも挙げられる。私はリサーチを通してこう した事柄を知り得たとき、写真を用いて星を手に取るように眺めるということ、それは天文学者が⻑年思 い抱いていた欲望のように思えてならなかった。この作品では、当時実際に使用されていた機材や写真乾 板といった観測の痕跡、歴史背景を元にイメージを組み立て、彼がかつて観てきた天体や観測していた場 所などを交えてフィクションの物語を紡いでいる。作品タイトルの『M』とは、宇宙という壮大なものを観 ているのにもかかわらず、写真に写る小さな星を観ているといった、「マクロなものの構造を分析するには ミクロな視点も必要である。」という天文学者としての基本的な思考から付けたものだ。『M』が写真に残 した宇宙への眼差しを通して、過去の天文学者がどのようにして星を眺めていたのかを想像してもらえた らと思う。
プロジェクトの背景・目的について
この作品は過去に『写真新世紀展 2020』(2020 年/東京都写真美術館/東京)をはじめとする、様々なグルー プ展で展示が行われてきた。しかし、今年の 10 月にこの作品の、そして私自身にとっても初となる個展が 72Gallery(東京)で開催されることとなった。これまで壁一枚による平面構成の展示だったが、今回の個 展では、より鑑賞者を作品の世界観に引き込むことを目指し、これまでの写真作品に加えて新たに映像作 品、並びに UV プリンターを活用したガラスによる立体作品を展示することで、ギャラリー全体をインス タレーションとして展開する方針である。新型コロナウイルスというミクロな存在が、マクロな世界に大 きな影響を及ぼしている今日、私たちは遠い場所へと足を運ぶ機会が失われた。この個展を通して、一人 の天文学者の視点から、遠い宇宙や過去を想起させることで、鑑賞者に普段とは異なる小さな旅のような ものを体験してもらうことを展覧会の主な目的としている。
助成金の活用について
今回の助成金はこれまでの展示から大幅なアップデートを行うことを目指し、個展を開催するにあたって の新たな作品制作、プリントや額装、機材の準備等に活用する。
作家名金田剛作品名M年度2021年 PITCH GRANT