「disguise」は、 わたしが投げ出された現実と、風景にまつわる作品である。
フランス、ドイツ、イタリア、オーストリアと国境を共有しているスイスでは、第二次世界大戦 時に、 Réduitと呼ばれる軍のストラテジーが1940年7月から1944年まで実行されていた。それに よって、バーゼルからジュネーブにかけての国境付近のアルプスの山肌に、実際にアルプスの山 の風景や民家に馴染むように設計されたトーチカが作られた。そのため、特殊なカモフラージュ を与えられ、家の形を模した要塞や、岩の形を模した大型大砲や、岩肌に埋め込まれたものなど がある。その名残は、今でも都市の中心部から少しだけ離れた場所にも残っており、高速道路を 走れば、トーチカが数回横切るなどは、珍しいことではない。
遠くから見れば本当に気が付かないくらい隠れているトーチカも、近づいてみると何故気が付かなかったのかと驚く程のカモフラージュの安易さに、初めて立ち止まり、まじまじとその姿を目にしたとき、私は困惑した。内側に隠されている大砲に対する恐怖よりも、私はこのカモフラージュを作らせた感性そのものの方に恐ろしさを感じた。
この感性が生み出した風景は、過去をとどめているだけでなく、現在も続く、中立と公平という政治的で、それと同時に抽象的な目に見えない概念の衝突そのものが、目に見える形で山肌に表出し残っている姿でもあると私は思う。だからこそ、私にとって、これらの国境付近に点在している奇妙な風景を撮影し、まじまじと写真になったものを繰り返し見つめ直すことは、レトリックから生まれた政治的で、社会的な構造を見透かすための目を鈍らせないための行為だ。
Réduitによって幾つも作られた、撮影し切れていないトーチカが生み出す奇妙な風景を継続的 に撮影していき、情報としてまとめるのではなく、要塞に近づいた時に感じた違和感、安易なカ モフラージュを通じて伝わってくる、人間のテリトリーという概念の老弱さのようなものが自ず と立ち上がってくるシリーズにしてゆきたいと思っている。私が見て、写真に残した奇妙な風景 を鑑賞者が目にした際に、疑問を抱いたり、違和感を感じることができるような作品になること を目標としている。
私達が持つ動物的なテリトリーという感性と、思考し、公平な考えだけで行動する動物になり切れない人間の根本的な矛盾を映し出し、それと向き合う行為や表現の方法を探し続けたい。
作家名宮田恵理子作品名disguise年度2021年 PITCH GRANT