私は北海道・札幌にある三方を山に囲まれた土地で生まれ育ち、山や森林が身近な存在 で、当たり前のようにそれを“自然”と呼んでいた。 しかし、日本の森林のうち40%は人工林で、50%ほどある自然林も保全のためにその ほとんどに人の手が入っている。 自分の暮らす土地の山々の成り立ちや抱える問題を知るにつれ、昔からそこにあると思っ ていた景色はそうではないということに気づき、“当たり前”という概念が静かに崩れるの を感じた。
このプロジェクトは、そのような不確かな景色(その存在や成り立ちに疑問を持たずに過ご してきた森)をモチーフに、そもそも「自然とは何か」という問いを内包したイメージを生 み出すものである。
「自然」について考えると、その言葉に様々な定義があるが主に「人の手の入っていない 山や森」を指すものだと思っていた。また、山や森を表す「自然」と同時に「自然さ」と いう言葉も頭に浮かんだ。 私は森の中に入ると五感全部を使って身体全体で光や風を感じ、草花の匂い、揺れる木々 の残像、全てを含め体感した景色として記憶している。その行為や見ている景色を当たり 前(自然な振る舞い)だと思っていたが、それは静止画として写すことは難しかった。 そこで、ひとつの場所の風景を何層にも重ね合わせることで別の新しい景色を引き出し た。 私自身も肉眼でこのように見えているわけではないが、ただの静止画よりずっと記憶に近 いものになった。そして、確かにその日その場所で体感した景色そのものであるし、細部 に目をこらすと枝葉のシルエットや雲、空の⻘さも写り込んでいる。
このプロジェクトでは生まれ育った土地である北海道を中心に撮影し、その他に東京や奄 美大島など国内各地で継続的に撮影している。 初めて訪れる土地では植生の違いや森林をとりまく環境の違いに驚き、自分の暮らす土地 を新しい目線で観察するようにもなる。 体験した景色の集積だけでなく、各地での撮影を継続することで自分の暮らす土地につい て理解を深め、更に様々な土地の森林についても目を向けていきたいと考えている。 このプロジェクトでは私自身の思考や体験の可視化だけが目的ではない。
私の作品を通して鑑賞者自身の体験を重ね合わせながら鑑賞したり、それぞれの生活の中 に戻った時に世界を新しい視点で見るきっかけになることを期待している。 展示では撮影場所で感じた圧倒されるような感覚を体感できるようなプリントにしたいと 思い、10 月の展示では A0サイズを予定、ゆくゆくは2〜3m の大型プリントにすること を構想している。
また、Hokkaido Photo Fest2019 ポートフォリオレビューグランプリの副賞として今年秋に 写真集を出版予定だが、この写真集を足がかりに今後国内外の様々な土地で撮影・制作・展 示をしていきたいと考えている。そのためにも今回ご支援を頂きたいと思いグラントの応 募に至った。
作家名桑迫伽奈作品名不自然な自然年度2021年 PITCH GRANT