私が写真を撮るのは個人の私的な生活の記録のためではない。また特定の撮影地や被 写体を記録するわけでもない。写されたものは無名の光景である。風に吹かれたビニー ル、水たまりで繁っている藻、窓辺に置かれた造花など、おそらく誰かにとって見慣れ た生活の一部の光景に過ぎないかもしれない。けれど、名もなきその世界の断片に光が 当たり照らし出される時に、日々紡ぎ、積み重ねられてきた生活の痕跡や生命の存在そのもの、そこに息づく人間の気配を見出すことが出来る。そういうものに興味関心を持 つのは私自身がその光景の中に存在するものと同じ立場の者だからである。しかし、ただそれを写真に撮り納め収集することだけが目的ではない。
写真は自ら写すものであると同時に、他者に見られる存在でもある。写真を見る他者もまた私の写真に写されている被写体と同じ立場である。写真を撮る私、写真に写されているものたち、写真を見る者が同じ立場を共有する関係性である。
印画紙に焼き付け、物質化させ、他者に提示した瞬間、写真は単なるイメージではなく実在になる。写真が実在として他者の目に映るとき、他者と自己を媒介させる開かれた場となり、私だけのまなざしを超え、新たな視点を得ることできる。写真が自身から遠く切り離された時、私が望む写真の機能が発揮されると信じている。
このプロジェクトを通じ、不特定の人々の多様な視点が交差し、新たな価値観が生まれる場としての写真の可能性を探求したい。
作家名菅泉亜沙子作品名菅泉亜沙子年度2020年 PITCH GRANT